30代でコピーライターに転職した理由とその結果

こんにちは、たにーです!

この記事では、なぜ僕が40代を目前にして
コピーライターに転職することになったのか、
その経緯と理由。

そして実際に転職してどうだったのか、
その辺の詳しいところをお話ししていこうと思います。

コピー業界とは何の縁もゆかりもない、
まったく無名の一般人が、独学でコピーを学び、
コピーライターになって実際に仕事を獲得して
生活しているというリアルストーリーです。

コピーライターとして大成功している、
才能やセンスあふれる人間が話す
現実味のない話ではありません。

どこにでもいる普通の人間でも
コピーライターになれるんだということを、
リアリティをもって自分事として
受け止めていただけるはずです。

ぜひご覧いただき、誰にでも
コピーライターになることはできるんだという
確信を深めていただければと思います。

コピーライターで食べていくことは可能なのか?

2017年2月で、コピーライターとして
独立してから約1年になります。

1年前、まさか自分がコピーライターとして
独立して仕事をするなんて
夢にも思っていませんでしたし、正直言って、
1年続くとも思っていませんでした。

それが、あれよあれよという間に、
気が付けばあっという間に1年が経っていたんです。

いやぁ、自分でもびっくりです(笑)

そもそもコピーライターって何ですか?
どんな仕事ですか?

という場合は、以下の記事をご覧ください。

セールスコピーライターの仕事内容とは?コピーライターとの違いも解説!

で、一番気になるのは、
「コピーライターで独立して食べていけるのか」
ということじゃないでしょうか。

ビジネスやマーケティングなどを勉強している人なら、
「コピーライティング」という言葉は、それこそ
もう聞き飽きたというくらい耳にしていると思います。

「コピーの重要性」なんて今さら言うまでもなく、
コピーライターじゃない人も当たり前のように
コピーライティングを勉強している時代です。

そして、コピーライティングのブームに乗って、
コピーライターを名乗る人も一気に増えました。

そんなライバルだらけの中、
あえてコピーライターとして勝負を挑む。

あまのじゃくな自分にぴったりの選択です。

そしてこの1年、食事・睡眠・時々家族以外の
すべての時間とお金を、コピーライターとしての
仕事とスキルアップに費やし、ガチで勝負してきました。

家族も子供もいますし、コピーの仕事以外に
収入はありませんので、これでコケれば
家族ともどもすべてが終わる、本当のガチの勝負です。

恐らく、これまでの人生の中で一番働いたと思います。

新卒で入社した会社も、その後転職した会社も
相当ブラックだと思っていましたが、
今思うとかわいいもんです。

今なら、笑顔で働けそうな気がします。
でも、働きたくはありません(笑)。

で、話を戻して、コピーライターとして
食っていけるのかどうかということですが、
この1年ガチでやってみて出た結論は、

「食べていける」

まだ1年しかやってないだろ、
とか言われそうですが、
この1年で多分3年分くらいは働いてます。

自分で言うのもなんですが、まあそこそこは
やってきたんじゃないかと思います。

そして、そんな中で、業界の仕組みや裏事情も
少しづつ分かってきましたし、どうすれば
仕事を獲得し安定的に収入を得ていくことができるのか、
ということも分かりました。

セールスレター1本書いて巨額のお金が手に入り、
継続的な不労所得を得ることができる、
というのも幻想だということが分かりました。

確かに、セールスレター1本で
大きなお金を稼ぐ人もいるにはいますが、
はっきり言って、ごく少数です。

コピーライターを始めたばかりの人間が、
そう簡単に大きなお金を稼ぐことができるほど、
甘い世界ではないということが理解できました。

ですが、最初から大きな額を狙おうとすると
難しいですが、普通に生活できるレベルで
収入を取ろうとするのなら、それは可能です。

僕は今、実際に、サラリーマン時代以上の収入を
毎月安定的に得ることができています。

僕が一体どうやってコピーライターになり、
サラリーマン時代以上の収入を
得ることができるようになったのか。

この1周年を機に、これまでのことや日々の出来事、
コピーライターという仕事はどういうものなのか、
どんな生活をしているのか。

そして実際の現場で使われている
コピーライティングのテクニック・情報・ノウハウなどを
備忘録的に書き残していこうと思います。

どこにでもいる普通の人間が
コピーライターとしてどこまで行けるのか。

本当に長期的、継続的に収入を得て生活し
家族を守り子供を成人させ、周りに迷惑をかけることなく
後悔のない人生を全うできるのか。

その全貌が明らかになるはずです。

もしかしたら、途中で挫折して、またサラリーマンに
逆戻りするというドラマチックな展開が
待っている可能性も否定はできません。

この先成功するのか、挫折するのか、
一体どうなっていくのでしょうか。

それは、僕にも分からないです(笑)。

ですが、現時点で言えることは、努力次第で
誰でもコピーライターになることはできるし、
ちゃんと継続的に仕事をして稼ぎ、
生活していくことは十分に可能である、ということです。 

macbook

コピーライターでも食べていけてる

コピーライターになると言った時の周囲の反応

僕がコピーライターになるって言った時、
ほとんどの人が反対したんですよ。
 
仕事もちゃんとあって、それなりに収入もあって
生活もそこそこ安定している。
 
家族だっているのに、なぜそんなリスクを冒す
必要があるのかと。
 
確かに、その通りだと思います。
 
僕はもともと、コピーライターとは
何の関係もない仕事をしていました。
 
頭よりも身体を使う、むしろ真逆の
仕事の方が多かったです。
 
そんな人間が、いきなり文章を書いて
食べていくと言い始めたのですから、
止めるのも無理はありません。
 
僕の事を考えて言ってくれていた、
というのは分かっています。
 
もちろん、家族にも反対されました。
 
子供もいるし、これからお金だって必要に
なるのに、せっかく軌道に乗ってきた仕事を
捨ててまで、そんなことをする意味がわからない。
 
「騙されてるんじゃないの?」
 
って言葉には出しませんでしたが、
そんな感じの表情と口ぶりでした。
 
まあ、妥当な反応だと思います。
 
自分が逆の立場なら、絶対に
反対するという自信があります。
 
「すごいですね、頑張ってください」
 
という人も中にはいましたが、
 
「どうせ無理だろ」
 
的な雰囲気を醸し出していました。
 
僕は昔から基本的にあまのじゃくなので、
無理・できないと言われると、
どうしてもやりたくなってしまいます。
 
コピーライターは稼げるとか稼げないとか、
いろんな情報が出回っていますが、実際のところ
自分でやってみないと分かりません。
 
そもそも、稼げる稼げない以前に
コピーライターとして食べていけるのか、
家族を養っていけるのか、それすら分からないのです。
 
いろんな情報を見たりいろんな人の話を
聞いたりしましたが、出した結論は、
結局自分でやってみないと分からない、
ということでした。
 
まあ、正直言って、この歳と環境で
新しいことにチャレンジするのは勇気がいります。
 
ですが、当時の仕事も安定していたようで
実はそうではなく、じわじわと落ち込みつつ
ありましたし、将来的に厳しい状況になる
というのは明らかでした。
 
この状況をとにかく何とかしなければ、考えているところで
出会ったのが、コピーライターという仕事だったんです。

では、以前はどんな仕事をしていて、どういう経緯で
コピーライターになろうと思ったのかを、
簡単にご紹介します。

コピーライティングとの出会い

家業が電設系の仕事をしていて、
サラリーマンを8年ほど経験したあと、
出戻りで家業を継ぐことになりました。

実際に家業を継いでみて分かったのですが、
仕事のほとんどが下請けだったんです。

下請けは、とにかく不安定です。
 
元請けの仕事がなくなると、
下請けの仕事もなくなります。
 
仕事がなくなったからといって、
元請けが助けてくれるわけでもありません。
 
元請けは元請けで、自分のところの社員を
食べさせなければならないので、下請けの
仕事がなくなろうが知ったことじゃないんです。
 
 
「次の仕事、いつごろ出そうですか?」
 
「ちょっとわからんね」
 
「・・・」
 
 
そうやって、2か月も3か月も仕事がないことが
たまにあったりするんで、そうなると
突然収入がゼロになってしまいます。
 
専属でやっていたので、他の業者との付き合いも
ほとんどありませんでした。
 
仕事がない間は、知り合いの
同業者の手伝いに行ったりして
なんとか食いつないでいました。
 
 
で、仕事があるかと思うと、
 
 
「施工費もうちょっと安くしてくれる?」
 
「え、どうしてですか?」
 
「いや、実はおたくより安く
やってくれるっていうところがあってね」
 
「うちは材料もメーカー品を使ってますし
施工品質も落とせませんから、これ以上の
値下げはちょっと厳しいです」
 
「なんとか協力してよ。
うちも予算が厳しいんだから。
 
ダメならそっちにお願いしようと
思ってるんだけど、どうする?」
 
「・・・わかりました」
 
 
ってな具合で施工費を
どんどん削られていくわけです。
 
こんなのはまだ序の口で、
ちょっと機嫌を損ねようものなら、
仕事を減らされたり干されたり。
 
ここではとても書ききれませんが、下請けは
結局、どこまで行っても下請けなんですよ。
 
元請けの便利屋なんです。
いいように使われて終わりです。
 
このままいくら頑張っても、
下請けじゃ先はないな、と心から思いました。
 
しかも、元請けにすべて握られているなんて、
どう考えても危険すぎます。
 
自分一人ならまだしも、
家族もいるわけですし。
 
自分一人でも絶対やりたくないですけど(笑)
 
で、自分で仕事を取るためにマーケティングや
セールスを勉強していて出会ったのが、
コピーライティングだったんです。

自作モノクロチラシで年商が2倍に

新規のお客様から直接受注を取るには、
「とりあえずチラシだろ」

ってことで、ネットで適当に調べて、目に付いた
チラシのレイアウトなどを参考にしながら
初めての自作チラシを完成させました。

ワードで作った、100%文字のみチラシ。

しかも、自宅のプリンターで印刷した
モノクロのみのチラシです。

当時はパソコンのスキルもほとんどなく、
もちろんデザインのスキルもセンスもなかったので、
今考えると、「これチラシですか?」って
レベルのものだったと思います。

文章だけはそこそこ得意だったので
とにかく文字で勝負しました。

その怪しいチラシを、あらかじめ目星をつけていた
集合住宅エリアへ、自らポスティングしに行きました。

18軒、ささっとポストに入れて
そのまま次の仕事に向かいます。

初めて作ったチラシで、しかもモノクロで
デザインもなにもないチラシだったので
ほとんど期待はしていませんでした。

とりあえずチラシを作ってポストに入れた、
ということに満足していたんです。

次は、もうちょっとマトモなものを作れるように
パソコンやデザインも勉強しないとな、
って思いながら帰宅したところ、奥さんから

「○○さんって方から、チラシの内容を
詳しく聞きたいって電話があったんだけど、
この番号にかけ直してみてくれるかな」

というじられないひと言が!

「えっ、マジで!?」と思いつつTEL。

次の日の午前中にうかがう事になり、
なんだかんだでその日のうちに契約。

その後も問い合わせが入ったり、
追っかけでセールスをしたり、施工中に
ご近所さんの契約が決まったりして、
気が付くと最終的に17軒契約してました。

ダメだった1軒は、ライバル会社のお宅です。
果敢に営業しましたが、やっぱりダメでした(笑)

ちなみに、施工単価は1軒10~20万円くらいの
給水関係の改修・リフォーム工事です。

そのうち2件のお客様からは、さらに
30万円〜50万円レベルの追加の
注文もいただきました。

追いセールスもやったので、すべて
チラシからの契約というわけではないですが、
契約の起点は間違いなくチラシです。

なんのデザインもない、モノクロの文字だけのチラシで
お客様にアクションさせ、契約することができた。

しかも、これまで1度もチラシを作ったこともない
初めての人間が見よう見まねで作ったチラシで。

最終的に、このチラシのおかげで、その年は年商が
一気に2倍まで跳ね上がることになったんです。

かかったコストは、ほぼゼロ。

コピーライティングの威力
リアルに実感した出来事でした。

そして、この出来事が、
僕をコピーライティングの世界へと
いざなうきっかけになったのです。

チラシ

初めてのチラシで仕事を受注

仕事の限界が見え将来に不安を覚える

1回チラシが当たったおかげで、自社で
仕事を獲得することができるようになり、
下請けの比率をかなり減らすことができました。

なので、それ以降チラシを打つことは
なかったのですが、コピーの勉強は
少しづつ続けていました。

本業以外にも、収入を得る手段を
持っておかなければならないと感じていたからです。

というのも、建築業界は波が激しく
不安定な面があり、売り上げがなかなか
安定しないという側面があるからなんです。

しかも基本的に家族のみでやっているので、
こなせる仕事量にも限界があります。

いくら一人で二人分働いたとしても、
結局二人分以上のものは生み出せません。

単純労働だからです。
レバレッジが効かないんですね。

しかも、一人で二人分働くということは、
それだけ時間的・肉体的な負担も大きくなります。

体力には自信があったので、二人分働いても
全然問題ないと思っていたのですが、2年・3年と
続けていくうちに、だんだんと疲労が蓄積し
身体の節々の痛みに悩まされるようになってきました。

件数が増えると、日にちや時間が
バッティングするという事も増え、
スケジュールもどんどん厳しくなっていきます。

ですが、忙しい時と暇な時の差が激しいので、
安易に従業員を雇うわけにもいきません。

仕事がないときの人件費は大きな負担になりますし、
それなりの利益を見込める仕事がないと、人件費で
赤字ということになってしまいます。

かといって外注に出してしまうと、利益が
残らないどころか赤字になる恐れもあります。

どれだけ時間を削って体を酷使して働いても、
労働収入である以上、これ以上稼ぐことはできない。

仕事が自分のキャパを超えてしまった時点で、
売り上げの上限が見え、限界を感じてしまいました。

こんな状態を、あと何十年も続けることはできません。
しかも、売り上げも不安定です。

なので、もしなにかあった時のために、収入の柱を
増やしておかないと、と思いたどり着いたのが、
コピーライティングを使ったネットビジネスだったんです。

ネットビジネスでサラリーマン時代以上の月収を稼ぐ

すき間時間で取り組める副業を探していたところ
見つけたのがネットビジネスでした。

実は、ネットでビジネスを始めたのは
もう10年以上も前になります。

ただ、ネットビジネスと言っても、
始めた当時は、不用品をヤフオクで売ったり
転売をしたり、といった程度のものです。

今のせどり輸入転売のような感じです。

ヤフオクを始めた当時は、
規約もあまり整備されてなくて、
結構フリーダムだった記憶があります。

明らかに怪しい商品もたくさん売っていて、
見てるだけで面白かったです。

ただ、せどりや転売は仕入れが必要になりますし、
自宅も当時は激セマのアパートだったので、
商品を置くスペースも、ほぼありません。

なので、仕入れのいらないネットビジネス
チャレンジしてみようと思い、ある
アフィリエイトスクールに入ることにしました。

もうずいぶん前のことなので記憶が
あいまいなのですが、確か、

半年で月20万円、そこから右肩上がりに
数十万、数百万と金額が上がっていく、
というように書いていたと思います。

今思うとアホらしいですが、当時はそれを
本気で信じていたんです。

そして、お察しのように、ここから
いろんなことが起こるのですが、それはまた
機会があれば詳しくお話ししますね。

すき間時間どころの話ではなく、
結構頑張って取り組んだんですが、結局
半年経っても月20万円どころか2000円も稼げず。

イラ立ちと情けなさで、パソコンのモニターを
ブッ壊しそうになったこともありました。

でも、モニターは高いので止めておきました。

ちなみに、ファミコンのコントローラーは
ブッ壊したことがあります。

確か、スーパーマリオとドラクエだったと思います。

そんな話は、どっちでもいいですね。

で、高いお金を払ってこのまま稼げないのも
悔しいので、執念深くしつこくやり続けたんです。

ヘビ年です。

その結果、1年ほど経ったあたりで、
サラリーマン時代の月収よりも大きな金額を
稼げるようになっていました。

コイン

ネットビジネスで稼いでいた

ネットビジネスで収入の柱を構築

ネットビジネスだけで
家族を養っていけるくらいの収入を
得ることができるようになったとき、

「勝った」

と思いました。

本業の収入以外にも、収入の柱が
もう一本増えたのです。

これで、もし本業がダメになることがあっても
ネットビジネスで生きていける。

なんなら、本業をやめてもいいわ、
くらいに思っていました。

「パソコン1台で~」
みたいなキャッチコピーをよく見かけますが、
まさにその状態だったんです。

1台のパソコンが、ひと月に何十万というお金を
寝ている間にも自動で生み出すとか・・・。

「自分で自分をほめてあげたい」

はっきり言って、調子に乗っていました。

ネットビジネスは詐欺なのか?

で、ここまでは割とよくある話なんです。

こんなのは序の口で、稼いでいる人は
もっとえげつなく稼いでいます。

月数十万とか、鼻で笑われるかもしれません。

ネットビジネスは怪しいとか詐欺とか
言われていたりしますけども、
実際に稼ぐことは可能です。

僕が実際に自分で試して稼げたので、
これは断言できます。

問題は、その稼ぎ方です。

どうやって稼ぐのか、
ということが重要なんです。

インターネットでの稼ぎ方を教えている
情報商材やスクールはたくさんあります。

いろんなものを購入してきましたが、
残念ながら、詐欺に等しい商材やスクール
販売している輩が多いのも事実です。

詐欺か詐欺じゃないかという線引きは
難しいのですが、どう見ても

「明らかに詐欺だろ!」

というようなものもたくさんあります。

ですが、詐欺的なやり方でも稼げてしまう人が
いたりするので、詐欺と言い切ってしまうのが
難しいところなんです。

ただ、

  • いいね!するだけで月5万円
  • 設置するだけで永遠にお金を集め続ける自動集金ツール
  • 銀行口座に毎月お金を流し込む完全自動キャッシュマシーン
  • 1日1クリックするだけで月30万円の継続収入
  • 資金ゼロ、1日5分の作業で毎月100万円の不労所得

みたいなのは、間違いなくあり得ないので、
申し込まないようにしてくださいね。

「そんなの申し込むわけないだろ!」

とか思うかも知れませんが、
飛びついてしまう人がいるんですよ。

耳ざわりのいい言葉は、
ほぼウソだと思ってください。

そして、もし稼げたとしても、間違いなく
それは一時的なもので終わります。

ツールや片手間の作業での継続収入とか
絶対にあり得ません。

いつかは、必ず終わりがきます。

ネットビジネスって副業感が強いですけど、
れっきとしたビジネスです。

ちゃんとした収入を得ていくためには、
正しいことを正しくやり、真っ当な方法で
ビジネスをしなければなりません。

でなければ、こんな風になってしまいます。

お金

ネットビジネスもれっきとしたビジネス

悪夢のアカウントBAN

結論から言いましょう。

報酬を得ていたアカウントがBANされたため、
収入のほとんどが一瞬でなくなりました。

理由ははっきり分かりませんが、
規約の変更・もしくは違反、通報、
機械的な削除みたいな感じだと思います。

アカウント”BAN”(バン)というのは俗語で、
「アカウントの停止、凍結、削除」
という意味です。

ある日、いつものように作業しようと思ったら
知らない間にアカウントからログアウトされていて。

おかしいな、と思いつつログインしようとすると
ログインできないんです。

状況が飲み込めないまま、いや~な予感と共に
メールボックスを開けてみると、

「アカウントは現在停止されています」

の文字が…。

「はぁ~?なんで!?」

と、怒りが一瞬で頂点に達し、反射的に
モニターにパンチを食らわせかけましたが、
破壊すると検索できなくなってしまうので、
なんとか踏みとどまり、復旧方法をネットで検索しました。

が、しかし…

いろいろ調べてみた結果、どうやら
一度停止されてしまったら、アカウントの復旧は
ほぼ無理のようで…。

「あきらめたら、そこで試合終了だよ」

と安西先生は言っていましたが、
今回ばかりはあきらめるしかなさそうです。

「俺の1年はなんだったんだ…。
俺の1年はなんだったんだ!
俺の1年を返せーーーー!!!」

僕は、突然イスから立ち上がり、

感情に任せて目の前のモニターを
両手で頭上まで一気に持ち上げ、
コードを引きちぎり、
床めがけて
渾身の力で叩き付け….

ようと思ったのですが、
もったいないし後が大変なので、
やっぱりやめておきました。

で、落ち着いてよくよく考えると、確かにやり方的にも
ちょっと微妙かなっていうところはありました。

法も規約も冒してはないけど、胸を張って
報酬をもらえるかというと、そうでもないという。

教材の手法をそのまま実践していたんですが、
その手法自体がグレーっちやグレーだったんですね。

後から考えると。

結局、遅かれ早かれ
こういう運命にあったんだと思います。

まあ、アカウントが消えてはしまいましたが、
これまで稼いでこられたことに変わりはないので
いい勉強にはなりました。

ただ、足らずを補っていた収入が
一夜のうちに吹き飛んでしまったのは、
想像以上のダメージです。

本業で売り上げが落ち込んでいた部分を
かなりカバーしていましたし、あてにしていたからです。

なんの前触れもなく、いきなり収入がゼロ
なってしまったことで、資金繰りが
一気に窮地におちいってしまいました。

奥さんには「報酬がゼロになった」とか
口がさけても言えません。

目の前には、残高の減った通帳と請求書の山。

アカウントBAN、そして転落へ…。

ネットビジネスのリスクとデメリット

恐らく、もう一度同じことをやれば
同じように稼ぐことはできると思います。

ですが、また1年後にはアカウントが停止され
報酬はゼロに逆戻りです。

いえ、1年どころか、次回は
もっと早いかもしれません。

しかも、実践する人が増えれば増えるほど、
規約も厳しくなるのは明らかです。

報酬目当てに規約違反を冒す人もいますし、
グレーゾーンを狙ってくる人もいます。

アフィリエイトで報酬を得られる
ということは、その原資となる広告費を
払っている広告主がいるわけです。

自分が広告主なら、そんなところに
広告を出したくはありませんよね。

彼らに報酬を払うために、貴重な広告費を
支払っているわけではないのですから。

「いやいや、お前が言うな!」

って言われそうですけど、改心してますので
大目にみてやってください。

この件で得たものは、ちゃんと世の中に
還元していきたいと思います。

で、話を戻すと、
GoogleやFacebookなどの主な収入源は
広告収入なので、広告主がいなくなると
成り立たなくなってしまいます。

広告主だって、効果がなければ
広告を出す意味がありませんし。

なので、不正を排除し、広告の効果を最大限に
高めて、どんどん広告費を入れてもらえるように
規制したり規約変更を繰り返すわけです。

ですが、いくら規約を変更しても
不正をしたり、抜け道を探して報酬を得ようとする
人間は必ず現れます。

で、また規制。

どこまで行っても、その繰り返しです。

今回の件で学んだのは、
「プラットフォームへの依存はハイリスク」
ということです。

規約変更で、今までOKだったことが
突然ダメになるという可能性は大いにあり得ます。

というか、実際にあります。

僕がペナルティを受けたのが、いい例です。

そうなると、これまでやってきたことが
一瞬で水の泡になってしまいます。

結局は、アフィリエイトも
元請けと下請けの関係と一緒だと思いました。

自分の利益だけを考えていても成り立ちませんし、
依存しすぎるのもよくありません。

1つのプラットフォームに依存しすぎると、
なにかあった時に、取り返しのつかない
ダメージを受けてしまうことになります。

アカウント停止の一撃でアウトです。

こんなリスクを毎日感じながら過ごすなんて、
精神衛生上も良くありません。

もちろん、ネットで稼ぐ方法は無数にあるので
リスク分散をすることはできます。

が、基本的には何らかのシステムや
プラットフォームに依存することになる
形式がほとんどです。

システムやプラットフォームを利用する以上、
規約変更やサービス終了、アカウント停止などの
リスクからは逃れられないということになるのです。

そもそも、そんなに多数のビジネスを
同時に回せるほど簡単なものでもありません。

調子に乗って本業をやめないで、
本当に良かったと思いました。

ノートパソコン

プラットフォーム依存はハイリスク

父さんの仕事はユーチューバ―?

ネットビジネスで稼げ始めたとき、
本気でネットビジネス1本でやっていこうと
思っていた時期がありました。

当時、いろんなネットビジネスを
やっていたのですが、特に報酬が多かったのが
Youtubeだったんです。

Youtubeが盛り上がっていた時期で、
とにかく動画を上げれば報酬が入る
という感じでした。

これを副業じゃなく本業でやっていけば、
相当な収入になるんじゃないか、
そう考えたわけです。

そんなある日。

当時まだ幼稚園生だった娘と
「将来の夢」について
話していた時のことです。

 

父:「君は将来なにになりたいの?」

娘:「幼稚園の先生!」

父:「へぇー、いいじゃん!楽しみだね」

娘:「父さんは?」

父:「父さんは野球選手になりたかったねぇ」

娘:「じゃあ、どうしてならなかったの?」

父:「なりたかったけど、なれなかったんだ」

娘:「なんで?」

父:「ちょっと頑張りが足らなかったのかな」

娘:「ふーん、じゃあ今はなにしてるの?」

父:「え?今は・・・」

 

そう聞かれて、返答に詰まってしまいました。

「俺の仕事はなんだ?
ユーチューバー?
アフィリエイター?」

当時は、ユーチューバーが流行っていました。

ヒカキンさんとか有名なので、
ご存知の方も多いと思います。

【僕の仕事はYoutube】
という本も出されています。

「ユーチューブで収入を得ているから
ユーチューバーになるのか。

広い意味で言うとアフィリエイトだから
アフィリエイターになるのか・・・。

いずれにしても言えん!」

 

父:「父さんはね、設備屋さんをしているんだよ」

娘:「設備屋さんてどんなお仕事?」

父:「お家や建物をつくるお手伝いをしているんだ」

娘:「へぇ~、すごいね!」

父:「・・・」

 

ユーチューブやアフィリエイトで収入を得ることを、
否定しているのではありません。

実際に僕も収入を得ていましたし、
しっかりしたビジネスモデルだと思います。

ただ、子供に仕事を聞かれたとき、
ユーチューバーとかアフィリエイターって
胸を張って言えないなぁと思ったわけです。

 

大人:「お父さんのお仕事はなんですか?」

子供:「ユーチューバー」

大人:「え?」

子供:「アフィリエイター」

大人:「・・・」

 

もし本業をやめてネットビジネスだけで
収入を得ていくとするなら、
そんな肩書きになってしまうのでしょう。

子供の将来を考えても、ネットビジネス
一択はないと思いました。

例え、どんなにお金が稼げたとしても。

完全な個人的意見です。

そして、この出来事が、自分のこれからと
向き合うきっかけになったのです。

子供

お父さんの仕事はなに?

死ぬまで続けられる仕事

「自分の仕事は、本当にこれでいいのか」

40歳を目前にして、
改めて、自分にそう問い直しました。

もともと家業を継いだのも、自分の意志ではなく
長男という義務感からです。

本当にやりたかったことではありません。

ただ、やるからには本気でやろうと
事業を大きくするために頑張ってきました。

ですが、下請けや売り上げの壁にぶつかり
収入を安定させるために始めたネットビジネス。

で、ちょっと稼げたからといって、目先の収入に
目がくらんで、あわよくばネットビジネスだけで
生きていこうとしていたのです。

改めて考えると、本当に大切なことが
見えていませんでした。

生きていくためにはお金が必要です。

家族も養っていかなければならないので、
あまりきれいごとも言ってられません。

「自分のやりたいこと」などと自己主張して
仕事を選んでいる場合ではないことも
理解しています。

仕事があることに感謝して、目の前の仕事を
一生懸命こなすべきでしょう。

家業を継いだのが自分の本意でなかったとはいえ、
仕事があるということは本当にありがたいことです。

頭では分かっているんです。

が、やっぱり気持ちが付いてきません。

もし家業をやめてネットビジネスを専業でやれば、
それなりには稼げると思います。

ただ、お金を稼ぐという目標は達成されたとしても
それで一生を終えて満足できるかというと
答えは「No」でした。

  • 自分が生まれてきた意味はなんなのか
  • 自分がやるべきことはなにか
  • 自分は世の中になにを残せるのか

僕は常々、死ぬまでできることを
仕事にしたいと思っていました。

死ぬまでに一つのことを極めたい、
という思いがありました。

そして、多くの人の役に立ち、人を明るく
元気にさせ、勇気や希望を与えるような
仕事がしたいとも思っていました。

残念ながら、本業の建築設備工事では
それを叶えることはできません。

なぜなら、建築設備の仕事は、
かなりの力と体力を必要とするからです。

歳を取り、仕事を続けていく体力が
なくなったら終わりです。

また、お施主様や関係者の方の役に立ったり
喜んでいただくことはできるでしょうが、
ごく限られた人数になってしまいます。

勇気や希望を与えるというのも、
ちょっと考えづらいです。

もし体が動かなくなって
寝たきりになってもできる仕事。

1人でも多くの人を元気にし、
勇気や希望を与え、役に立てる仕事。

そして、誰かの記憶に残り、
生きた証を残せる仕事。

「コピーライター」なら、それらをすべて
満たすことができると考えました。

もし寝たきりになったとしても、
文章を書くことなら、ベッドの上でもできます。

インターネットを使えば、
世界に発信することもできます。

本を読んだり映画を見たりして、
スキルを高めることも可能です。

「コピーライター」なら、まさに
死ぬ瞬間まで仕事ができると感じたんです。

小さいころから言葉が好きで、本を読んだり
文章を書いたりするのが好きでした。

なので、一生をかけて「言葉」を磨き、
追求し、極めていけたら、きっと楽しい人生を
送れるんじゃないかと思ったわけです。

まだ正式に活動し始めて1年少々ですが(2017年現在)、
「コピーライター」は、僕の天職だったと
心から自信を持って言えます。

「コピーライター」という仕事に出会えて
本当に感謝しています。

とはいえ、まだまだこれからですし、
きっと色々なことがあると思いますし
簡単な道のりでないというのは分かっています。

が、とにかく自分を信じて
コピーライターとしての人生を
全うしていきます。

記録より記憶に残る男になりたいです。

ここまでが、僕がコピーライターに転職した理由と
2017年時点での結果です。

少しでも参考になればうれしいです。

ご感想やコメントなんかも、ぜひお寄せください!

長文お付き合いいただきありがとうございました。


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