存在とは時間。死があるから生きる意味がある。

瀬戸内海の満月


存在とは、時間。
 
ドイツの哲学者、ハイデガーは
こう結論づけています。
 
人生の折り返し地点を目前にして、
死について考えることが多くなりました。
 
最近、時間の経つのが
恐ろしく早い。
 
あんなことやこんなことも
してみたいと思っているのに、
このままでは、とてもできそうにありません。
 
誰もが願うことかもしれませんが、
僕も、いつまでも生きていたい。
 
死にたくはないです。
 
ですが、いざ死なないとなったら
どうでしょうか。
 
いつでも何でもできると思うと、
毎日がどうでもよくなりそうです。
 
人生の目標なんて、
立てる必要がありません。
 
ただ毎日、食べて寝て
気持ちいいことをして・・・。
 
そんな人生に意味があるのでしょうか。
 
少なくとも、僕には
意味が感じられません。
 
死があるから、
生きる意味があるのだと思います。
 
今はまだ、死ぬのは怖いです。
 
大切な家族を守らなくてはいけないし、
まだまだやりたいこともあるし、
死に対する不安もある。
 
先出のハイデガーは、死に対する不安について
こんな言葉を残しています。
 
 
「死に対する不安は、体験していないことに
『直面する』ときの不安に他ならない」
 
 
人間が不安になるのは、
経験したことがないからです。
 
経験したことがあれば、
どんな結果になるのか予想がつくので
不安にはなりません。
 
死も一緒だと思います。
 
では、この死に対する不安を
拭い去るには、一体どうしたらよいのか?
 
それは正直分かりません。
 
ただ一つ言えることは、
死を意識することによって、今日という日が
かけがえのない1日になるということ。
 
スティーブ・ジョブズが遺した、
 
「もし今日が人生最後の日だとしたら、
今日やろうとしていることは
本当にやりたいことだろうか?」
 
という言葉の意味が、この歳になって
ようやく分かりかけてきました。
 
存在とは、時間。
時間とは、命そのものです。
 
無駄な時間なんて、1秒もない。
 
これまで無駄な時間を過ごしてきた
不完全燃焼な人生を反省しつつ、
いつ死んでも悔いなしと言えるくらいの
濃い人生にしていきたいなぁ、なんて思います。

それでは、Seeyou!


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